えこひいきというものは、全員に当てはまっています。

心理学
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こんにちは、ざわです。

今回は人間関係についてです。

以前僕はこんな記事を読んでいました。

「えこひいき」論

教育的には賛否両論である「えこひいき」についてですが、これの正解はいまだにわかっていません。

そもそも小中での教育方針の根幹が「平等性・公平性」というものを主張するあまり、生徒が「あの子には優しいのに自分には優しくしないのはなんで?」って思った瞬間にえこひいきって叫ぶようになりました。

なんとも残念な考えですね。

僕はどちらかというとアイデンティティーや自身の尊厳を守る方に賛同しているため、こうも「みんな同じ」とかいうのはやはり古い考えとしか思えないです。

これからの時代は一人一人の強みを最大限引き延ばす方針が強調されるといわれていますので。

えこひいきを全部受けるのは無理

えこひいきを受けているのにはそれなりの理由があり、それが生徒にとっての「最適な対応」であるから、それを他の子が受けようと思うのは実をいうと傲慢でしかありません。

それでもほかの生徒は、自分が知らない世界に踏み込もうという好奇心がとても強いため、未知の世界にずんずん入ってきます。

それを受け入れるかどうかは相手次第ですが、先生側がしていることは他意がなければそれはれっきとした教育法です。

行動療法で使われる「強化スケジュール」や「シェイピング」といった技法は、問題行動の改善のほかに、勉強の部分でも応用され独自の課題と対策を分析、修正することでも個人の成績の差を減らそうとすることができます。

それをよく知らない大人はえこひいきと言っているだけです。

個別対応という視点で見る

みんな同じ、という考えは幻想です。

同じなのは勉強する環境と勉強する内容であり、理解のスピードや興味関心はバラバラなのは変わりません。

それぞれが持つ苦手意識を改善してあげるべく個別対応という認識を持って指導をすると、えこひいきという印象とそのことばのイメージを少しは良くすることができるでしょう。

学校という場所では、個性が違う生徒同士のコミュニケーションと創造性を豊かにすることが非常に重要であり、公平性や平等を訴える場所を間違わなければ少し逸脱したアイデアを用いて指導に当たる方が適切です。

学校でも塾でも指定されたテキストのほかに、先生が独自で用意したオリジナル教材を使うこともあります。

みんな違うのが当たり前という認識をする

これは生徒のみならず、先生や保護者、というかほぼ全員がこの認識を持っていないと非常にストレスがたまります。

「どうしてこんなことができないの」

「なぜここが分からないの」

なぜなら、この瞬間、目の前のことが分からないからです。

その理由を問い詰めても、当の本人は知りません。

わからないならどうすればいいか、どのように解決していくのか、そこを考えないと終わりません。

自分と同じであってほしいという気持ちもわかりますが、それはほぼ実現不可能でしょう。せいぜい頑張っても”一部”しかできません。

同じようにすることを強いられるのは社会のルールや法律だと思います。

まとめ

えこひいきを訴えるなら「本来されるべき対応がされていない」ことを訴えましょう。

個別対応を「えこひいき」で置き換えて罵声に変えていますが、皆さんだって気づかないだけでえこひいきされているのです。

というか、されて当たり前です。

自分だけが、とか、あいつばっかりって思うのは今日限りでやめましょう。

そこでの環境にどう適応していくかを見つけ出す方が、今後社会に出た時にうまくやっていけますよ。

ちなみにえこひいきを使った販促術はすべてこちらの書籍でまとめられております。



これは「顧客差別」という表現をしていますが、この場合、きちんと一人一人に違った対応をしないと売り上げは伸びないことを教えてくれます。その理由を知りたい方は是非一度読んでみてください。

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